言葉は力になる。ダンブルドア先生、教えてくれてありがとう。

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言葉は武器になる、と、ずっと思っていた。人は、初対面で舐められたらその印象を覆すのに多大な労力を要する。そうならないためには、立ち居振る舞いに厳しさが必要だ。守らねばならぬ時には、より一層論理の組み立てと言葉選びに注力する。あなたに私は傷付けられませんよ、というのを、言葉を以って知らしめるんだ。

 

♪*♪*♪

 

 

遅ればせながら、ハリー・ポッターシリーズ全話を見た。もちろん、大好きなAmazonプライムの恩恵である。

 

事の発端はファンタスティック・ビーストだ。前作公開は2016年冬、ちょうど妊娠した頃で、私たちは結婚1年目の終わり…まだまだ「新婚さん」と称される時期だった。

そう、デートである。

 

夫は無類の読書好きだ。映画もよく見る。スターウォーズが大好き。例に漏れず、ハリー・ポッターシリーズも読破していた。

彼のウンチクはすごい。語り出すと止まらない。もちろん、前作公開の際も色々と教えてくれた。私はハリーポッターに少し興味を抱いた。

 

そして2018年冬、子供を両親に預け、ファンタスティック・ビースト2を見た。ニュートカッコいい。魔法カッコいい。潜めていた中二心がむくむくと姿をあらわす。ハリーポッター、見てみたいかも…。

 

というわけで、年末年始にかけて見通したのだった。結果、どっぷりである。

 

一際、魔法学校の校長であるダンブルドアの存在は大きかった。彼は数々の金言を残した。それが、「ファンタジー映画」とくくられるのにはもったいないほどの。

 

そしてハリーポッター最終作「死の秘宝パート2」での彼の一言は、私のポリシーを覆した。衝撃だった。30年生きてきて、自分が恥ずかしくなった。彼は言った、「言葉とは尽きることのない魔法の源だ。傷つけることも癒すこともできる。」

 

私は、言葉は、武装するものだと思っていた。私と私の大切なものを守るための。流行の表現をするならば「マウントをとられない」。あなたに私を傷付けるなんて絶対できない。だって私の論理と言葉選びは完璧だから。

 

でも、違うね。そんなもののために言葉はあるんじゃない。楽しいねって笑ったり、面白い出来事を伝えたり、すごいなあ、言葉があれば悲しみを共有することだってできる。どうしようもなく溢れる想いを共有したいから、人は言葉を生み出したんじゃないの。

 

というか私も無意識で、使ってた、魔法。すごいね、がんばったね、ありがとね、よくできたね。毎日毎日子供に声を掛けていたあれは、彼女の心を強くする魔法だったんだな。

 

そういえば大学生の頃、夫から好きだって言われて、すごくドキドキした。遠距離恋愛になって電話越しに聞こえる声に安堵して、夜の首都高でプロポーズされてボロボロ泣いた。一緒に住み始めた日、今日から一緒にがんばろうって、勇気をもらったじゃない。あの感情は、夫のかけた魔法のせいなんだね。

 

「魔法、使えたらなぁ。家事やってもらうのにな」なんて思っていたけど、自分にもその才能があるかもしれない。いや全世界に生きる人すべてにそれは平等に分け与えられている。私は言葉を使って、だれの心を強くするかな。私の言葉が、だれかの原動力になればいいなぁ。

 

 

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