「家族はチーム」からチームワークを考える

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とても大好きな描き手さん、河内さんの専業主夫生活を綴った漫画。
ティッシュの空き箱など、そのままにしがちなものを家族はチームであると諭し、「誰かがやる」と他人任せにするのではなく、チームワークで解決しようと提案する投稿を、夫が拝読したそうだ。

 

先日、夫からLINEで「あーーー。。。」というコメントと共に以下の記事が送られてきた。
 
 
夫は隔週ごとに毎朝自宅で仕事をしてから保育園の送りをこなし、出社する。帰宅は日付をまたぐ。はっきり言って家事は戦力外、冷たい言い方をするならば、食事の用意や洗濯をしなくて良い分、いない方がマシだ。
 
本人としては、最近、家事が私ばかりに寄っているのを気にしているようで(そしてたまにティッシュやトイレットペーパーの空き箱を捨てない)、俺これ全然できてないよね、ごめん、と朝から凹んでいるようだった。
 

 

 

でもね。河内さんのおっしゃる「家族はチーム」って、状況を無視してまで「これはお前の仕事でもあるんだからお前がやれよ」とは、言ってないんだと思うんだ。
 
チームワーク。仕事においてそれは特に意識しなくても当たり前に、手指の先まで染みついているような概念を家庭にあてはめることに、私は衝撃を受けた。
 
そうだ。家庭運営はチームワークなんだ。だから、時間がなくてできない人の分を、誰かが補ってやればいいのよ。
 
とどのつまりチームワークって、業務の量やその担当、スキルといった可視化できる問題と、パーソナリティや得意分野といった可視化の難しい問題の掛け算なんだと思っている。
夫のリソースがパンパンだということはタスクを洗い出さずとも目に見えてわかるし、かつ、私ばかり家事をしてるのが申し訳ないと思っているんだろう、そういう人だから、と彼の人間性も把握しているつもり。
 
だから、いいの。だから責めない。
 
その分、少しでも「これは俺がやらなくても、まめがやるだろ」という気配がしたらめちゃくちゃ突きますけどね。
 
職場でもそうだと思うけど、他人事の意識が透けて見える場合は協力なんかしたくない。でも、やる気が見えて、申し訳なさそうにしていて、それを気に病んで小さくなっている人は、わかるよ。ちゃんと見てるよ。そういう人を責められない。一緒にがんばろうよ。私たちはチームなんだ。