マタニティマークについて思うこと

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妊娠する前から、「マタニティマークをよく思わない人がいる」ということは知っていた。

公共交通機関内での、席を譲ってアピール、幸せアピール、などなど……そう思われる方もいらっしゃるということも。

 

 

たしかにつわりって、わかりにくい。妊婦同士でも人によって違うからわからない。

二日酔い状態で船に乗るのが3カ月続く、そして特効薬はないとと説明されても、想像がつかない。広大な土地を、東京ドーム◯個分、と表現するのに近いと思います。よく、わからない。

 

加えて、独身の会社員って、本当に大変。私もそうだったからわかる。基本、会社は既婚者に優しい。それが女性なら、なおさら。

 

独身の頃、時短社員のやり残した仕事を定時内に片付け、定時内にやる予定だった自分の仕事を残業してこなしていた。本当は、時短社員の方に判断してもらいたいことでも、私が悩んで判断して、ミスしたら、その対策を講じなければいけなかった。

 

でも、時短社員の方は9つくらい年上。頭の回転もよく、人当たりも良い方だった、でも、「あなたがやり残した仕事を私がやってるのに、感謝されない」「どうして中途半端な仕事しかできないのに、態度は一人前なんだろう」と、人には言えないことを悶々と反芻していた時期があった。

 

そのたび、いずれ私も結婚し、子を設けるだろう。その時のために、今はこの人をサポートするんだ。その連鎖で、自分の時は助けてもらうんだ。と、心を持ち直していた。

 

独身ってだけで、仕事やれるでしょ、プライベートより仕事がんばるときでしょ、という目で見られ、ミスなく仕事を進めるのが当たり前で、加えて世間のあたりは強い。毎朝毎晩、疲れて満員電車に乗って……どうして、妊婦ってだけで席を当たり前に譲ってもらえると思うのか、とイライラされるのは、それが八つ当たりだとしても、仕方ない、とも思える。

 

マタニティマークをつける意味はなにか。そう問われた時に、多くの人が、何かあった時に、自分が妊婦だとわかってもらえるため、と答えるはず。席を譲って欲しい訳ではないのよ、と。だけど、本当にそれだけだろうか?

 

私も最初は、妊娠アピールじゃない、私はそんな「妊婦様」じゃない、妊娠前と同じようにフルタイムで仕事をこなし、成果を残す、一人前の社会人だ…って、頑なに思っていた。

 

だけど、つわりが辛い時は本当に辛い。動けない。そんな時、あぁ、誰か心優しい方が席を譲ってくださったら、どれほどいいか、と、何度もそう願った。

 

結局、あのマークは、席を譲って欲しいマークなんだ。だって、自分が妊婦だなんて、母子手帳を持ち歩けば必ずわかる。「何かあった時に」という言い訳は詭弁で、それを隠れ蓑にして、本心は「どなたか、辛い時に席を譲ってください」なのではないか。

 

もちろん、本当に違う!という方もいらっしゃると思う。そう思われたくないから、マタニティマークをつけない方もいらっしゃる。

 

だけど私は、こう思うのです。ああ、つわり、辛いなぁ。早朝の空いた電車に乗ればいいって言われても、朝1時間くらいのたうちまわらないと、つわりの気持ち悪さが改善しないから、早く行けないなぁ。最寄駅始発の電車なんてないから、どんなに待っても座って行けないなぁ。でも、仕事をする自分は好きだなぁ。よし、出勤しよう。気持ち悪いなぁ。

 

もちろん、お先に座ってらっしゃる方の目の前で、これ見よがしにマークをチラつかせたりはしない。スマホをしたり、眠っていたりで、そもそもマークに気づく方は少ない。ただ、気付いてくださる方がいて、その方が席を譲ってくださったのなら、これほどありがたいことはない。私は、その一縷の可能性を信じて、マタニティマークをつけているのだと思う。

 

つわりの期間でも、体調が良ければマークを内向きにつければいい。座る必要がなければ、今まで通り立っていればいい。だけど、どうしてもどうしても辛い時。次の駅で降りればいいのに、それすらしんどい時。早く家に帰って休みたい時。そういう時は、マタニティマークをつけていても、許してほしい。

 

譲ってもらって当たり前、というのは、人間として当然に良くない。他人の親切には精一杯の敬意を払うべき。それを肝に命じた上で、マタニティマークをつける分には、そんなに悪いことではないのでは。そう思う私は、ちまたで言う「妊婦様」でしょうか。